なぜ、あなたの会社から人が去っていくのか?
「人材不足」が叫ばれて久しいですが、これは単に働き手が少ないという問題だけではありません。多くの企業が直面しているのは、時間とコストをかけて採用した人材が、期待したように定着・活躍せずに離れていってしまうという、より深刻な課題です。
「給与を上げた」「福利厚生を充実させた」…それでも人の心を引き留められないのはなぜでしょうか。その答えは、現代の働き手が仕事に求めるものが、もはや画一的な「条件」だけではないからです。彼らが本当に求めているのは、自身の内なる「動機」が満たされる、本質的な「やりがい」です。
しかし、この「動機」は人によって全く異なります。ある人にとっては成長が、ある人にとっては安定が、またある人にとっては自由が最も重要かもしれません。この多様な心のあり方を無視したままでは、優秀な人材を惹きつけ、定着させることは不可能です。
本記事では、人間の根源的な動機を9つのパターンで解き明かす「エニアグラム」を用い、多様な人材の心を掴んで離さない、真に「引力のある組織」の作り方を解説します。
画一的な人事はもう古い – 9つの「モチベーションの源泉」
まず理解すべきは、人の「やる気スイッチ」は一つではないということです。エニアグラムは、人の根源的な欲求や恐れに基づき、9つの「モチベーションの源泉」を教えてくれます。
- タイプ1(改革する人): 「正しさ」「質の高さ」が源泉。物事をあるべき姿に改善することに喜びを感じる。
- タイプ2(助ける人): 「感謝」「人との繋がり」が源泉。誰かの役に立ち、必要とされることに喜びを感じる。
- タイプ3(達成する人): 「成功」「称賛」が源泉。目標を達成し、価値ある存在だと認められることに喜びを感じる。
- タイプ4(個性を求める人): 「自己表現」「独自性」が源泉。自分ならではの感性や創造性を発揮することに喜びを感じる。
- タイプ5(調べる人): 「知識」「有能さ」が源泉。物事を深く理解し、専門家として自立していることに喜びを感じる。
- タイプ6(信頼を求める人): 「安全」「信頼」が源泉。予測可能で安定した環境で、信頼できる仲間と協力することに喜びを感じる。
- タイプ7(熱中する人): 「自由」「楽しさ」が源泉。新しい可能性や刺激的な体験を追い求めることに喜びを感じる。
- タイプ8(挑戦する人): 「影響力」「自己決定」が源泉。自分の力で物事を動かし、コントロールすることに喜びを感じる。
- タイプ9(平和を求める人): 「調和」「心地よさ」が源泉。対立のない穏やかな環境で、全体の和に貢献することに喜びを感じる。
【採用・配属編】惹きつけ、活かすためのタイプ別アプローチ
これらの動機を理解すれば、採用段階でのミスマッチを劇的に減らすことができます。
- タイプ1には、企業の理念や品質へのこだわりを伝え、「高い基準で仕事ができる環境」をアピールします。
- タイプ2には、「チームワークを重視し、助け合う文化」を強調し、面接では温かく受容的な態度で接します。
- タイプ3には、「明確な評価制度とキャリアパス」を示し、入社後の成功イメージを具体的に語ります。
- タイプ4には、「創造性や個性を尊重する風土」を伝え、画一的なマニュアル業務が少ないことを示唆します。
- タイプ5には、「専門性を深められる環境」や「裁量権の大きさ」をアピールし、論理的で知的な対話を心がけます。
- タイプ6には、「安定した事業基盤」や「充実した研修制度」を説明し、誠実で一貫性のある対応で安心感を与えます。
- タイプ7には、「多様なプロジェクトや挑戦の機会」があることを示し、明るく風通しの良い職場の雰囲気を伝えます。
- タイプ8には、「実力主義で、若手でも大きな仕事を任せる文化」を伝え、率直で歯切れの良いコミュニケーションを取ります。
- タイプ9には、「穏やかで協力的な職場」であることを示し、面接では相手が話しやすいように、聞き役に徹します。
配属後も、タイプに合った環境を提供することで、早期の活躍と定着に繋がります。
【定着・育成編】エンゲージメントを高め続けるマネジメント術
入社後も、タイプごとの「やる気スイッチ」を押し続けることが重要です。
- タイプ1へのフィードバック: 結果だけでなく、その丁寧な仕事ぶりやプロセスを具体的に褒める。「君のおかげで品質が保たれている」という言葉が響く。
- タイプ2への承認: 周囲への貢献に対して、皆の前で「いつもありがとう、助かっているよ」と感謝を伝える。
- タイプ3への報酬: 成果に対してインセンティブや昇進など、目に見える形で報いる。「素晴らしい成果だ」というストレートな称賛が効果的。
- タイプ4への評価: 「君のアイデアはユニークで、誰も思いつかない視点だ」と、その独自性を高く評価する。
- タイプ5への投資: 専門性を高めるための研修や書籍購入、学会参加などを積極的に支援する。一人の時間を尊重する。
- タイプ6への関与: 定期的な1on1で不安や懸念を丁寧に聞き、次の方向性を明確に示すことで、安心感を与える。
- タイプ7への機会: 新規事業のブレストに参加させるなど、新しい刺激や多様な経験の機会を提供する。
- タイプ8への権限移譲: 「この件は君に任せる」と、大きな裁量と責任を与えることが最大の信頼の証になる。
- タイプ9への配慮: 意見を求めるときは、急かさずにじっくりと待つ。「あなたの意見も聞かせてほしい」と存在を認める。
これらの関わりを怠ると、各タイプはモチベーションを失い、静かに転職活動を始めてしまうでしょう。
まとめ:人が集まり、辞めない「引力のある組織」へ
これからの時代、優秀な人材は「管理される組織」からは去っていきます。彼らが求めるのは、多様な個性が尊重され、それぞれの「やりがい」が満たされる「プラットフォームとしての組織」です。
エニアグラムは、その多様性を理解し、一人ひとりの心に響くアプローチを可能にする、極めて実践的な知恵です。自社のマネジメントや人事制度が、9つのうち特定のタイプ(例えばタイプ3の達成意欲やタイプ6の安定志向)だけに偏って最適化されていないか、見直してみる必要があるかもしれません。
全タイプの「モチベーションの源泉」に応える組織文化を築くこと。それこそが、人材不足の時代を勝ち抜くための、最も本質的で持続可能な戦略なのです。